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小学校時代の私は、大変神経質、引っ込み思案、おとなしい子供で社会性がなく、ほとんど家の中で本を読んだり絵を描いたりして過ごすような子供でした。このままではいけないと思い立ち、少しづつ性格を改めてきました。食べ物の好き嫌いも多かったのですが、これも今では克服しております。 そのような「克己」の精神が、私の人生の前半を貫いています。毎日分刻みの計画をたてては、ジョギングをしたり、英語の勉強をしたりして、学校から帰ってきても自分を成長させなければという強迫観念から勉強したり、運動したりというプログラムを考えて実行していたという実にかわいげのない子供でした。そこまで自分を駆り立ててきた背景として、両親とも「放任主義」で、自分の人生は自分でしか責任がとれないのだからという理由で、人生の決断を一切まかされてきたことがあります。子供心にも、このような両親の元では、自分がしっかりしなければ、とんでもない人間になってしまうという危機感(?)をひしひしと感じていたのでしょう。
アメリカから帰って随分とカルチャーショックもあったのですが、大学受験を半年に控えていたので感傷に浸っている暇はありませんでした。急遽また勉強体制にはいり、東大法学部に現役合格、日本の高校も卒業しました。それまで塾にもどこにもいっていなかったので、受験戦争を意識することなく、本格的に勉強したのは帰国後半年間ぐらいという感じでした。東大受験など意識したこともない、のほほんとした日々を過ごしていたわけですが、やはり最終的に、当時自衛隊不要論、違憲論が根強かった日本で、自分の父親の職業と憲法との関係を一度突き詰めたいと思い、直前に、法学部受験を決めました。 大学時代はESSと法律相談所に所属し、ESSではディベートやスピーチコンテストの全国大会で様々な賞をいただいたり、外務省、産経新聞、ダイヤモンド出版社の論文コンテストで賞をいただいて海外研修に行ったりしたことが懐かしく思い出されます。 |
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私はジャーナリストとして、どこの会社にも属さないことが自分の立場として中立を守り、また言いたいことも言えるのだと強く意識しています。これまでも、マスメディアの中途採用に受かったこともありますが、結局断ってしまいました。つまりフリーランスとして仕事をしている訳です。したがって生活スタイルも仕事のスタイルも自分自身で決められるのですが、何かにつけ怠惰な方向に流れてしまう人間の性とどう闘いつつ、商業主義に流されることなく、クオリティーの高い仕事をしていくかということを重要視しています。
執筆の仕事などは自宅で行うことがほとんどなので、自分の仕事のオンとオフをいかに切り替えるかというのが専らの課題です。月曜から金曜までは仕事、土日はオフとなれば理想的なのですが、往々にして、頻繁の徹夜、土日の地方講演などが入り、ある時はものすごく朝早く起きるかと思えば、締め切り間際に徹夜で原稿を書いたりと、いたって不規則な毎日を過ごしています。 何とかそれを打開しつつ、微々たる力でありながらも何か社会、そして国のために価値のあるような仕事をしていきたいと思っています。 「命もいらず、名もいらず官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、困難を共にして国家の大業は成し得られぬ也」とは西郷隆盛の言葉です。私自身、国家の大業を成し得たいというのは不遜すぎますが、この西郷隆盛の言葉に共鳴するところがあるので、フリーとしてあえて「名も地位もお金も」得難い立場で国のためにという使命感を感じ続けていきたいのです。 |
人々の魂、心の奥に訴えることができるような取材とその表現(執筆、テレビなどを通して)を行っていきたいと思います。同時に、日本という国に少しでも、貢献できるような仕事をしていきたい、日本のことをもっと幅広く世界にもアピールしたいと思います。 座右の銘:THE SKY IS THE LIMIT これは「限界は空高くに」という意味の英語ですが、この言葉の意味するところは空には限界はないのだから、自分の可能性の出来る限りのレベルにおいて頑張って努力すべきだということです。
我々人間の潜在的能力は非常に高いものがあると思いますが、果たしてどれくらいの人々がそれをフルに活用して生きているでしょうか。往々にして、何かをやる前に「どうぜこの仕事は実現不可能だ」とか「これをやるには、とほうもない年月が必要だ」などと、何かを始める前から限界を勝手に設定してしまって何もやらないというのが、人間の陥る罠のように思います。 私自身、疲れたと感じたり、最近努力が足り無いなあと思うとき、よく自分に言い聞かせるのが、この言葉なのです。
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